職務経歴書を、10回以上書き直している。
もしかしたら20回に近いかもしれない。
応募する企業に合わせて少し変える、という細かい修正も含めての話だ。
骨格から全部作り直した、というわけではない。
ただ、「こっちのほうがよいかも」とその都度感じて、手を入れ続けてきた。
最初に本格的に書き直したのは、4年前の転職活動のときだった。
当時は、ネットで調べながら自分で修正した。
ハローワークの担当者にも見てもらい、ジョブカフェの担当者にも見てもらった。
エージェントにも見せた。
昨年退職してからも、同じように客観的な目で見てもらう。
エージェントに見せて、職業訓練校の就職アドバイザーにも確認してもらった。
それだけ多くの目を通してきた。
プロと呼ばれる人たちのアドバイスを、できる限り反映させてきた。
だから「大きくずれた職務経歴書ではない」という自信はある。
でも、通らない。
書類選考を通過できない事実が変わらないまま、また少しずつ修正する。
「悪くないですよ」と言われる。
それは本当だと思う。
致命的なミスはないと思う。
ただ、「悪くない」と「通る」は、別の話なのだと気づいた。
採用担当者の目に、私の職務経歴書がどう映っているか。
自分にはわからない。
ハローワークの担当者も、ジョブカフェも、エージェントも、就職アドバイザーも、
「悪くない」と言ってくれる。
でも採用側ではない。
採用担当者が何を見ているかは、採用担当者にしかわからない。
書類選考は、職務経歴書だけで決まるわけではないと思っている。
あくまで材料のひとつ。最低限の判断基準に過ぎないかもしれない。
ただ、だからといって手を抜くつもりにはなれない。
書き直すたびに、「こっちのほうがいいかも」と思う。
通らないと、また考える。
「どこがいけなかったのか」を考えても、答えは来ない。
何が正しいのか、自分にはわからない。
でも、見返せるところは見返す。
そういう状態で、また、少しだけ直してみる。
筆者:みねと|遠回りした50歳の「仕事」と「お金」


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